前にカナさんがとりあげてらしたエッセイ本、藤原美智子さんの『メイクの輪郭』。
カナさんのご紹介で、この本の内容は「メイクのテクニックではなく(中略)生活の中の美意識について」書かれているというので、早速図書館に借りに行きました(昨年年末ですけど)。
『化粧品が汚れていても、動作が乱暴でも、結果が「きれい」であればかまわない。でも、同じ「きれい」でも、ていねいな気持ちと動作でメイクしたのとでは、現れる雰囲気はまったく違うのだ。
それは「品性」の違いとして表れる。(以上引用)』
ぎくぅ……!
4年前頃だったか、自分の体力を過信してしまい、夏場に公私ともにかなり無理をした時期があり。後から考えると当然のことながら、体をこわしてしまいました。同時に肌もボロボロになっちゃったんですよね。それまで使っていた、比較的刺激の少ないといわれているメーカーの化粧水や、ファンデーションにもかぶれるようになり、アイシャドウなぞ塗ろうもんならもう、かゆーい!という具合に。
その後はすっかり、お化粧関係というと、「きれい」をもたらすのではなく、「悩ましさ」ばかり感じることになっちゃって。
結果、マイ6畳間の東南の角に置いてある、small-shelfのドレッサーコーナーも、毎日使っているところなのに、ほとんど気を配ることがなくなってしまいました。
同時に、“きれいでありたい”という思いを忘れかけてた結果、という気がします。
でも、この本を読んで、思いました。
“(見かけだけじゃなくて品性も含めて)きれいでありたい”と思うことを、忘れたらイカンな、と。
一事が万事。自身がきれいでありたいということを忘れちゃったら、生活の中の美意識をもつことも忘れちゃうかも。
というわけで、
自分をきれいにしてくれる品や道具たち。
音楽を聴きながら、ケースやツールのふきふき作業。
これ、すぐ終わりました。手をつければ、簡単。
(あ、いや、カナさんみたいに、パレットの中まできっちりお掃除してません。外側の埃をふき取って、シルバーモノはちょっと磨いただけ……。)
……っていうか、それ以前に、モノを置いているとこが美しくない!
置くモノをきれいにしても、置かれている場所がこれでは……。
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